言葉の怖さと重要性を再認識させられた「責任力」

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言葉を扱う人間にとって、今回の総選挙でいい勉強になったと思ったことがあります。

 

「責任力」です。

 

言葉は、「他者からの贈与」のひとつとされますが、

贈与の「受け手」の気持ちをどこまで想像することができるかという当たり前のことが欠損していた

ということが、今回の結果をもたらしたのではないかと思います。

イヤな贈り物をされてしまったんですね。

あの「責任力」という言葉で、自民党に決定的な嫌悪感を抱いてしまった方は

多かったのではないかと推測します。

 

コミュニケーションの断絶が、歴史的な大敗の原因のひとつであったと。

 

 

こういうことだと思うんです。

 

連綿と日本を守ってきた側としては「私たちがここまで日本を反映させたんです」と。

ところが、投票する側は「ここまで私たちの生活を苦しくしたのはあなたたちだ」と。

おそらく、どちらも間違いではないと思います。

でも、決定権は投票する側にあった。

だから、こんなことになった。

 

「政権交代」という言葉が、決して自分たちの生活を良くしてくれたり、

ワクワクさせてくれるという類いのものではなかったと思います。

 

でも、「責任力」という言葉が悪すぎた。

 

個人的には、麻生首相の政策は決定的な間違いは犯していないとは思います。

漢字の読み間違え、上から目線、各国首脳が集まる公の場にライトグレーのスーツ…

ダメなところは確かにたくさんありましたが、揚げ足取りレベルのような気もします。

その前やさらにその前の投げ出した方の方が…だったのに、両者とも当選しているし、

劇場型選挙を4年前に繰り広げた方は、うまく引退して、息子もうまく当選した。

 

どこの代理店が作ったのか、それとも自分たちで考えたのか知りませんが

やっぱり「責任力」なんて言葉を使うべきではなかったんだろうなと思います。

「そんな言葉を使えた義理か?」と。

でも、使った側は「そんな言葉を使える義理」だと思っていたはずです。

 

それがあの結果を生んだ一要因でしょう。

 

ただ、投票する側はもっと考えるべきだったと思います。

投票行動は自分たちに跳ね返ってくること、投票しなかった人は自分たちの知らなかったところで

すべてが決まって、そのレールが敷かれようとしていること。

投票率が高かったといいますが、あと30%の有権者が行っていないなんて…

日本の投票率の低さについては、以前、オーストラリアの友人に笑われたことがあります。

(オーストラリアは18歳以上、義務投票制ということもあるでしょう)

比例代表はともかく、一票を入れるべき人はその人でよかったのか、というのもありますね。

 

ここのところ選挙の話が多くなって楽しくないというお叱りを受けてきたので、そろそろ終わりにします。

 

ただ、言葉を扱う人間として、ちゃんと支持していただく、ちゃんと存在を認識していただくために

言葉選びは、より慎重にならなくてはいけないんだと思います。

 

皆さん、これからも変わらぬ支持をお願いします。(選挙風ですか?)

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