読者の方からご質問があったので、お答えしたのですが、「幼児をお寿司屋さんに連れていく」ということについてです。
幼児に生ものを食べさせるという行為は確かにナーバスになります。マツオも基本的に生ものを与えることは少ないです。今回の金沢旅行でもネタはほとんど火を通したものにしました。
一部、生ものを舐めさせたり、食べさせたりはしましたが、2歳半なので、まだ胃腸が完全ではないということもあり、そうしました。
マツオが、子供を寿司屋さんやレストランに連れていく目的は、食べさせるということに主眼をおいているわけではありません。
あくまでも子供に、何でも自由になりがちな家とは違う空気の中で食事をさせたいということが大きいです。騒がない、歩き回らない、他人の邪魔をしない、他人とコミュニケーションを取りながら食事をする。といったことでしょうか? そのすべてを完璧にするなんて期待していませんが、要は場に慣れるということです。
そして、それぞれのタイプの店での作法を可能な限り無意識的に覚えさせたい。これは、マツオが子供の時に親にやってもらったことをそのまましているだけです。幼稚園に上がる前に、自分はナイフ&フォークの扱いが大人より上手いと思いながら使っていましたから。子供って大人が考えているよりずっと"大人"だと思うんです。
もうひとつ、舌をはじめとした五感の刺激です。今でこそ「食育」という言葉が一般的になりましたが、そういうことです。我が家ではジュースその他の甘いものを飲ませるということはほとんどありません。"甘い"以外の味をいろいろ感じさせたいのに、甘いものを与えるとそればっかりになってしまう。
これは、服でも同じだと思っています。娘の話ばかりになりますが、彼女には歩きはじめのころから革靴を履かせていました。今では、スニーカー、ズック、サンダルその他の選択肢として彼女が自主的に靴を選びます。でも、知り合いのお子さんは自分で選ぶことができるようになってから革靴を履かせようとしたために、なかなか履いてくれないという話をしていました。
やわらかいものばかり与えていたから硬いものがイヤになるという、子供の気持ちはわかります。
もちろん、個人差はあるのでしょうが、小さな頃から何かに偏らず、いろんな経験をさせる。それが出来るだけいいものであればいい。「食育」と同じように、小さな頃からいろんないいものに触れさせる。それがm/fの考える「服育」です。
決して高価な、デザイナーものを身に着けさせるという意味ではないということを少しでも多くの読者の皆さんに分かっていただければ、と思います。
幼児に生ものを食べさせるという行為は確かにナーバスになります。マツオも基本的に生ものを与えることは少ないです。今回の金沢旅行でもネタはほとんど火を通したものにしました。
一部、生ものを舐めさせたり、食べさせたりはしましたが、2歳半なので、まだ胃腸が完全ではないということもあり、そうしました。
マツオが、子供を寿司屋さんやレストランに連れていく目的は、食べさせるということに主眼をおいているわけではありません。
あくまでも子供に、何でも自由になりがちな家とは違う空気の中で食事をさせたいということが大きいです。騒がない、歩き回らない、他人の邪魔をしない、他人とコミュニケーションを取りながら食事をする。といったことでしょうか? そのすべてを完璧にするなんて期待していませんが、要は場に慣れるということです。
そして、それぞれのタイプの店での作法を可能な限り無意識的に覚えさせたい。これは、マツオが子供の時に親にやってもらったことをそのまましているだけです。幼稚園に上がる前に、自分はナイフ&フォークの扱いが大人より上手いと思いながら使っていましたから。子供って大人が考えているよりずっと"大人"だと思うんです。
もうひとつ、舌をはじめとした五感の刺激です。今でこそ「食育」という言葉が一般的になりましたが、そういうことです。我が家ではジュースその他の甘いものを飲ませるということはほとんどありません。"甘い"以外の味をいろいろ感じさせたいのに、甘いものを与えるとそればっかりになってしまう。
これは、服でも同じだと思っています。娘の話ばかりになりますが、彼女には歩きはじめのころから革靴を履かせていました。今では、スニーカー、ズック、サンダルその他の選択肢として彼女が自主的に靴を選びます。でも、知り合いのお子さんは自分で選ぶことができるようになってから革靴を履かせようとしたために、なかなか履いてくれないという話をしていました。
やわらかいものばかり与えていたから硬いものがイヤになるという、子供の気持ちはわかります。
もちろん、個人差はあるのでしょうが、小さな頃から何かに偏らず、いろんな経験をさせる。それが出来るだけいいものであればいい。「食育」と同じように、小さな頃からいろんないいものに触れさせる。それがm/fの考える「服育」です。
決して高価な、デザイナーものを身に着けさせるという意味ではないということを少しでも多くの読者の皆さんに分かっていただければ、と思います。



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